その日はいつもと違った休日だった

珍しい客人の来室に私も聖もビックリしたのは覚えている






 

 

The really important one”

 

 



 



「どうしたの、珍しいじゃない」


ほんのりとしたいい香りを放つ紅茶を差し出しながら聖はショートヘアの少女に尋ねた

否、少女というよりは少年と言ったほうがしっくりくるが

 



「私達のところではなくて江利子のところへ行った方がいいんじゃないの?」

 

私も紅茶を受け取りながら、気のせいか少し暗い少女にそう言うと

少女は顔を横に振った




 

「お姉さまは絶対面白がりますから」

 




私と聖は顔を見合わせて、思わず笑ってしまった

江利子の新しいおもちゃを見つけたかのような顔がすぐさま目に浮かんだからだった

不安そうにこちらをうかがう視線に気付き、すぐさまいつもの余裕のある笑みに代えた






 

「江利子には言えないようなことなの?」

 

 

令は頭を掻くと、ポツリと






「祥子のことなんですけど……」

と聞こえるか聞こえないかの声でそう言った

 




なるほど、察するところ祥子とケンカでもしたか





それでどうすればいいかわからずに由乃ちゃんに相談する訳にもいかず、

祥子の姉である私のところへ来たというのだ



 

「祥子がどうかしたの?」




 

鈍いんだか鋭いんだかわからない聖がもう一度尋ねた







「……ケンカ、したんです」

 





 

ビンゴ

 

 

 

「令が?祥子と?それこそ珍しいじゃない」

 



聖は自分用に入れたコーヒーを口に含みながらベッドに腰掛けると足を組んだ

私はというと、ソファに令と対になるように座っていた

令の顔がよく見える

綺麗な顔立ちをしている

聖のような外国人っぽい綺麗とか、祥子のような純和風の綺麗とかとは違う

髪のせいか、それとも独特のオーラを無意識に放っているのか、

中性っぽい綺麗さ

リリアンも女子校だからそういうのがうけるんだろう

ミスターリリアンと呼ばれる彼女の趣味を聞いたら彼女達の夢を壊すのか

未だに由乃ちゃんとのすり替わったアンケートはそのままらしい

祐巳ちゃん曰く



でも今の新聞部をしきっているあの祐巳ちゃんと由乃ちゃんのクラスメートの女の子の目によって、

どうやらアンケートは違うとだんだん理解しつつあるらしいけれど

賢いその子はあえてなにも言わないとのことだ





おもしろい




もう1年くらいリリアンにいたかったと、聖や江利子と話したのを思い出した

 





 



「いえ、ケンカっていうか祥子のヒステリーはいつものことなんですけど」


「懐かしいわね、祥子のヒステリー」


クスクス笑いながら可愛い妹のことが懐かしく思える





「でもいつもはケンカになるまでは発展しないんです」

 




ヒステリーを起こした祥子をまぁまぁと宥める令

昔から良い組み合わせだった

令からしてみれば由乃ちゃんで慣れているのかもしれない

誰かを宥める仕事はプロ並と言ってもよいのだろう

 



 

「で、ケンカになっちゃった理由は?」

 

 



 



本題を尋ねると令の周りを覆っていたオーラが一層暗くなるのが感じられた



聖は話を聞いているのか聞いていないのか、窓から顔を出して煙草を咥えた



 

「薔薇の館でみんなで話してたんですけど、蓉子さまと聖さまについて」








 




「「…私達?」」











聖もさすがに驚きを隠せないのか、窓の外に向けられていた顔をこちらに引き戻した




「ちょっと待って、何で私達のことでケンカになるわけ」


「いや、最初は祐巳ちゃんがふった話題でして」

「祐巳ちゃんが?」






 

緊張しているのか、全く手つけずの紅茶を飲むように促しながらなぜそんなことになるんだろうと、

話の続きも促す





 

「聖さまのお友達の加藤さんとたまたまリリアンの敷地内で会って少し話したそうなんですけど、

『聖さまが蓉子さまと一緒に暮らし始めてからはよく大学をサボるようになったらしい』と」

 





 

私はジトリと聖を睨む


聖はゴホゴホと咳をしていた

ごまかしたってダメよ、後で尋問決定






 

「カトーさんなんでそんなこと祐巳ちゃんに言っちゃうかな、薔薇の館のみんなにそれを言っちゃう祐巳ちゃんも祐巳ちゃんだけど」

「心配してたんですよ、単位が危なくなったら大変だって」


「カトーさんが…んなわけないか、祐巳ちゃんが?」


「はい。そしたら祥子が放っときなさいって言うもんだから祐巳ちゃん少し困っちゃって」



「祥子らしい」



「だから志摩子が大丈夫、お姉さまのことだから何も考えなしにやっている訳じゃないと思うってフォローしてあげてその場は収まったっていうか話は終わったんですけど」

 




 

「……祥子の機嫌が悪くなったって訳ね」

 






 




思い当たることを言ってみた



祥子は私達が在学中から、卒業した今でも祐巳ちゃんが聖のことを話したり、

聖に絡まれてたりすると、決まって機嫌が悪くなっていた




私は少しため息をつかざるを得なかった





 

「そうなんです。だから帰るときに祥子に『言い過ぎなんじゃないかな』とそっと言ったら…」

 

 

 



「ヒステリー」






「ええ」

 

 

 




 

 

二回目のため息をつく

 

 




 




「なるほど。令にしてみたら祐巳ちゃんを見るに見かねて言いすぎじゃないかなと告げただけのつもりだったのに、

 祥子からしてみたら令は祐巳ちゃんの味方って受け止めちゃったってことね」

 

 



どうしてそこまでわかるのかとでも言うように令は驚きを隠せない目で私を見た



「私は祥子の姉よ、あの子の思考パターンくらいお見通しだわ」


「はぁ。それでどうしてそういう事になるのかなってため息ついちゃったんですね」






さっきの私みたいに



どうしようもなくて仕方ないなぁ、とため息をつかざるを得なかったんだろう



「それが追い風になっちゃったって訳か」



コーヒーのおかわりを入れるために聖が立ち上がりながら令の肩をポンポンと叩いた






「別に令は間違ってないとは思うよ、祥子のヒステリーは昔からだし」

「そうね」




「で、今に至る、というわけですが、蓉子さまどうすればいいんでしょう……?」






 

そこで話を完結させた令はようやく落ち着いてきたのか、紅茶に手をのばした

 

 

 

「私からは何も言えないけれど…こういうのは女性におモテの聖さんからの方が良きアドバイスをしてあげられるんじゃなくて?」




 

思いっきり皮肉をこめて言ってみる



この間もカフェで向かい側に座っていた女の子と目が合うと、ニッコリとお得意のスマイルをして、

赤面させちゃったくらいだから

 


聖が苦笑いをして令の隣に座った




「祥子はね、祐巳ちゃんと同じ種類の人間だから簡単だよ」



きょとんとしている令の肩に手をまわすと、こともあろうが聖は顔を近づけた







「『私が愛しているのは世界中で令だけだよ、信じて。』」







令の手からカップが零れ落ちる





 

「っと、こんな風に愛を囁いてあげればイチコロだよ」


聖は両手で降参というようなポーズをしながらニヤニヤしていた

私も笑みがどうにもならなく、思わず口を抑えてクックックッと笑ってしまった




「せ、聖さま!!蓉子さま!!!」



赤面した顔で私は本気なんですよと叫ぶ令がまた可愛くて聖と一緒に大笑いをした




 

「令も祐巳ちゃんと同じ種類の子だったのね」


と、ちゃかす聖をよそにもう諦めたのか、紅茶をすすっている令に私は涙を拭きながらアドバイスをしてあげることにした



「イチコロはどうかはともかく、令のその言葉が本気だという事がわかれば祥子も機嫌を直すと思うわよ」


「それは…そうですけど…、私には由乃もいますし、今までそういう事を言ってもなかなか信じてもらえないんです」




 

あら、爆笑の渦から一気に暗いムードへ逆戻り?



「由乃ちゃん?」




「祥子はいつも小さく微笑んでありがとう、とだけ言うんですよ」

「……そう」


「あの子も臆病なところがあるからねぇ」

  




それだけ言うと、


すっかり冷えてしまったであろう紅茶を入れなおすために聖は再び立ち上がり、キッチンへと向かった





「なかなか人の言葉をそのまま受け止めることができないのが紅薔薇ファミリーの特徴かしらね」



私はふと、聖を見た


そう言った聖の顔を見ることはできない

「ま、さ、とりあえずここにいてぐじぐじ悩んでても仕方ないから祥子んちでも行ってみれば?まだ仕事中なんでしょ」



なんなら車で送ってくし、とそう告げる聖は優しく微笑んでいた

 

 

 

 


「おじゃましました」

それを丁重に断り、でも行ってみますと、そしてありがとうございましたと、部屋を出る令を見送りながら



私は聖のことが気になり、リビングへ戻る

 


聖は先ほどまで私が座っていたソファでコーヒーを飲みながら、テレビを見ていた

 





 






 

「ねぇ、聖」

 

「ん?」

 




 

聖はこちらを振り向かず、声だけで返事をした

ブラウン管から流れるものは目障り、耳障りでしかないと言ってたくせに、

こういう私が尋ねたい時とかは集中するんだから




 

「さっきの、もしかして私も含まれてる?」




私は聖の隣に座った

煙草の匂いがする


最初は嫌だったけれど、今はもう慣れてしまった匂い

この匂いでさえ聖の一部と思えるなんて、時とはすごいものだと改めて実感する

 



 



「さっきの?」

「紅薔薇ファミリー」



「……ああ」


「祐巳ちゃんや祥子ならわかるのよ。でもファミリーってことは私も?」





ここで初めて聖はこちらを向いた

 








「うん」






 

「そうなの?私は聖のこと受けとめてるつもりだけれど」

 

 

 

 


 

 

 

沈黙







ブラウン管から流れる音だけがリビングに響く

色素の薄いグレーの瞳、色素の薄い金に近い茶色の髪、色素の薄い白い肌

全てが私の目を捉えて離さない

 


「じゃあ、もし私が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界中の誰よりも愛してる。祐巳ちゃんや、栞よりも、何よりも。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言ったら蓉子信じられる?」

 

 

 

 

 

 

ぱんっ

 

 

 

 

 

 

 

平手が頬にあたった音がした

聖の頬は赤く染まっている






叩いた手がヒリヒリする













「……蓉子?」

 




「………っ」

 




思わず涙が溢れた

止めようとしてもどんどん流れてくるそれは、頬を伝い、膝の上に落ちる



 

聖の温かい、それでいても冷たい手が伸びてきて、頬をそっと拭うのがわかった






「蓉子?…ごめん、また泣かせた」




彼女の優しさはこういう時とても傷に染みる

 



愛されているのはよくわかる、けど

不器用な聖は無意識に私の傷をえぐってまたそれを埋める

そんなことの繰り返し

 

 





 

「ごめん、泣かないで、蓉子」



聖が優しく、それでいて強く抱き締めてくる



「泣かないで」

もう一度、囁く





私は両腕を背中にまわすともっと強く抱きかえした

 















 

「例えなんかで……」





 

「……うん」

 

 

 

 

「そんなこと軽々しく口にしないで」

 



そう



例えで口にされたその言葉に傷ついたのだ




私が何よりも嬉しい大切な言葉をさらりと何でもないように口にされたことに

 






「うん。ごめん、でも、本心だよ」

「わかってる」




 

 


聖は小さい子をあやすように背中をぽんぽんと軽く叩いている


こういう時だけいつもと立場が逆で、

なんか悔しい

聖の保護者であり、恋人である私としては

 

 

 

 

 

 

私と聖は別の個体であるからこそ、

一つに溶けてしまいたいと思うけれど






 

結局は別の生き物だから互いの考えはわからない




 

でも、だからこそ互いを知りたいという気持ちは溢れるんじゃないかと思う

それが友情だったり、愛だったりは人それぞれ

 

でも私達が抱いている感情は、紛れもなく愛だと断言できる





 


だって、



聖はこんなにも私を愛してくれて、



私はこんなにも聖を愛しているから

 

 

 

 




fin